« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012年8月

早生栗の下刈り

Cimg5868
ここ2・3日、朝夕は涼しくなり、空が高く見え、雲の様子も蝉の声もちょっとだけ秋の気配を感じます。直売所に提出した去年の栽培履歴をめくって見ると、早生栗は8月25日に提出しています。今日、栗の下の草刈りをしてみると、案の定、すでに栗が落ちています。まだまだ日中は35度前後になる残暑が続いていますが、早生栗は季節どおりに実を落としています。過ごしやすい日々が来るまでもうちょっとの辛抱ですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

被害調査の立会い

Cimg5850
弟から実家の農道が水害にあって市の職員の方がその場所を見に来られるけど、自分が仕事で立会いに行くことができないから代わりに立会いしてということで、行ってきました。農道は大水でえぐられていて道が半分以上なくなっていました。
Cimg5851
市の農林課の方が目盛りのついた棒を縦と横に立てて川幅と高さを測ってメモをされました。実家は朝倉市ではなく朝倉郡なのにどうして市の職員が来られたのかと疑問でした。それで「なぜ村の方でなく市から来られたのですか」と聞くと「ここは市の区域ですよ」とのこと。私は初めて実家の畑が村ではなく市の区域であることを知りました。もちろん実家の家は村ですが・・・。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

よくぞ無事で・・・

Cimg5829
Cimg5837
「あせび」に初めて幼稚園児2人の兄弟が遊びに来ました。今まで「あせび」を利用されたのは小学生以上でしたので、この年齢の男のお子さんと接するのはとても新鮮でした。「お父さんは何時ごろ来られるの」と聞くと「仕事から解放されてからです」と6歳のお兄ちゃんが答えました。来られてすぐからおじいちゃんとお子さん達は釣りをしたり、沢蟹を取りにいったり。実は水害前にご両親が「あせび」に下見に来らた時、釣りや沢蟹とりをしたいとおっしゃていました。そのときは大丈夫ですよと言っていたのですが、その後の大水害。夫は「魚や蟹は大水に流されておらんようになっとるんじゃないか?」と言っていました。Cimg5830
ところが蟹も魚もいました。一度、様子を見に行くとお母さんが蟹のおなかにたくさんの子蟹がいたので逃がしているところでした。今度はハヤを釣ったと言っておじいちゃんと一緒にバケツに入れた魚を見せてくれました。
Cimg5836
これは僕が釣ったのと言ってお兄ちゃんが小さい魚を得意げに指差します。
お父さんは夜遅く来られて翌朝、6時から家族全員で釣りを楽しまれたとのことでした。
それにしても、あの豪雨の中、魚や蟹は流されないようにどんなところに避難していたのでしょう。よくぞ無事でと
言いたい気持ちです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

塚原高原

Cimg5814
湯布院では定番の駅から金鱗湖まで、いろいろなお店を見ながら散策するつもりでしたが、暑くてバテそうだったので、レンタカーで塚原高原に行きました。市街地よりもずいぶん涼しく感じました。美味しいパン屋さんや、すてきな日本人形のギャラリーがありました。日本人形は1体作るのに3ヶ月もかかるそうです。可愛い人形たちがたくさん陳列されていました。。連れて帰りたかったけど、値段と折り合いがつかず・・・。帰る途中、国産の木と孟宗竹を用いたカトラリーの店を見つけフォークを買いました。高原は林の中の道が静かでいい雰囲気でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久大線に乗ってみた

Cimg5790
あるエコ製品を買ったら、由布院にあるこの会社の保養所を貸し別荘として無料で利用できる特典がありました。早速、お盆明けに行くことにしていて、昨日から行ってきました。猛暑の地から涼しく人気のある温泉の保養地湯布院へ。日田より東の久大線に乗るのははじめてです。大分、別府、湯布院などに行く時はいつもマイカーを利用していました。今回はいつかは乗ってみたいと思っていた由布院の森号にも乗るためです。九州北部豪雨のためまだ、うきはから日田まではJRの代行バスが走っています。博多から別府に行く由布院の森号も日田・別府間の運行になっています。(28日から完全復旧するそうです)由布院の森号は観光列車らしく途中の名所などの案内もあります。一番感動したのは列車内の装備がとても綺麗なこと。荷物入れは飛行機の機内と同じ形式で、窓はカーテンではなく、落ち着いた色のシャッターです。久留米と大分を結ぶ国道210号線は久大線のすぐ横を平行して走ったり、筑後川を挟んで離れたりしています。国道を車で走りながらいつも行って見たい駅は野矢という駅でした。念願かなって野矢駅を見ることが出来ました。野矢駅は210号線からかなり離れていて道路脇に野矢駅と書いた矢印の看板があるのです。ここを通るたびに妙に引力のようなものを感じていたのです。この区間は210号からは大分低い所を久大線は通っています。列車が外の雑草に触れるように狭いところを通るのは播但線に乗ったときの雰囲気ににているなと思いました。写真は玖珠の切株山で玖珠町の象徴です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冬野菜の種まき

Cimg5783
まだ畑にはナス、キュウリ、シカクマメ、ささげ豆、ゴーヤなどの夏野菜が元気にしていますが。今年は大雨はあったものの、天気に恵まれて夏野菜は豊作でした。先日、妹の家に行ったらもう冬野菜が芽をだしていました。慌てて私も葉牡丹、ブロッコリーキャベツなどを10日に蒔きましたが、もうしっかり芽がでています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

硫黄島

従姉たちと伯母(母の次兄の奥さん)の初盆に参りました。伯母の初盆と言うのにいとこ寄りのように賑やかに話がはずんでいた時、ふと、お座敷のお仏壇の横に掛けてある2枚の写真に目が止まりました。伯父の息子である従兄に聞くと、一枚は伯父が戦死した硫黄島の擂鉢山の写真でもう一枚はそこに立ててある慰霊塔だとのこと。従兄は全国組織の遺族会の役員をしていて、年3回ある戦没者慰霊訪問の世話などをしているそうです。硫黄島は東京都に属し、港がないため近くまで大きい船で行き、それからゴムボートのような小さな船に乗り換えて上陸するのだそうです。硫黄島の戦いでは日本軍2万129人が戦死、米軍2万8686人の戦死・死傷者をだし、戦後は68年に返還されるまで米軍の統治下になっていたそうで、現在は海上自衛隊の航空基地があり、民間人の立ち入りは禁止されているそうです。戦後アメリカの統治下になったのは沖縄だけと思っていたので意外でした。戦後米軍の統治下のおかれた地域は沖縄と硫黄島(硫黄島だけでなく小笠原諸島全域だったのか)と他にどの辺があったのか知りたくなりました。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

庭木の剪定

Cimg5761
自宅の垣根が山茶花を植えたまま、ほとんど手入れをしなかったため、鳥が運んできたアケビやいろいろな蔓るいが絡み合い、荒れて、すさんだ感じになっていて、「あせび」のほうもヒメコブシや松などが覆い繁ってみっともない状態になっていました。昨日、頼んでいた庭師さんがやっと時間が取れたからといって、来てくれました。庭師さんと奥さん(織物の仲間です)が暑い中、一生懸命に枝を切ったり、切った枝を運んだりしてくださって、見違えるように綺麗になりました。暑いので午前と午後の休憩時間にはスイカやパイナップル、コーヒーフロート、宇治しぐれなど用意し、涼み方々おしゃべりをし、楽しい時間を過ごしました。ご主人は長く庭師をやっておられる方なので仕事が早くて、綺麗に仕上げをされます。少し手伝いをした夫は慣れないことをしたため少々疲れぎみです。
Cimg5762
剪定の途中で見つかった蜂の巣です。こんなに鮮やかな黄色の巣は珍しいと思います。上に転がっているのは蜂の子だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

豪雨で開いた穴の復旧工事

Cimg5716
九州北部豪雨で「あせび」の入り口のところと隣の家に行く細い道に穴が開きました。3日の大雨で隣へ行く道に大きな穴が開き、そこから水が流れ込んで下の家に土砂が堆積していました。応急処置のため、土嚢を置いたらいいとのことでしたが、土嚢がどこに売っているのかもわからず、人に聞いてナフコなどに売っているとのことでした。土嚢とは砂の入ったものを売っていると思っていたら、土嚢を作る袋を売っていて、それに自分で砂をいれなければならない事がわかりました。でも、大雨の中でどこから土を持って来たらいいものかわかりません。そこで野菜の肥料袋の封を切っていないものをそのまま穴の周りに置いて急場をしのぎました。雨が降るたび、その隣の方の穴が気になり、14日の大雨の時は眠られませんでした。やっと梅雨が明け、依頼していた業者の方がみえて、36度という暑さの中、工事をしてくださって元通りになりやっと一安心しました。後で聞いたことですが、土嚢は市役所で無料で配布していたそうです。今回の豪雨で日頃から土嚢を準備しておく必要があると感じました。

Cimg5732
ヒオウギです。平安時代に檜の薄板を重ねて作った檜扇ににていることからこの名がついたそうです。それにしても花が咲くまで葉ばかりが繁ってどんな花が咲くのか気を持たせました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »