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2010年5月

エンドウ、スナックエンドウ

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昨年11月に蒔いたエンドウとスナックエンドウが元気にたくさんのさやをつけていましたが、数日前の風雨でネットごと倒れてしまい、まだまだ実をつけそうだったのにと残念です。蒔くとき、こんなに大きくなろうとは思わず種と種の間隔を狭くしすぎて、それとエンドウとスナックエンドウもくっ付けて蒔いたので生長するにつれて蔓がからまったりして、区別がつかなくなりました。エンドウは実がパチパチとなって少し皺ができたらピースご飯にちょうどいい状態です。スナックエンドウはちょっと若いさやを使って塩茹でしてそのままたべると少し甘みがあって美味しいです。今年は旬の味を楽しむことができました。

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種からのナスの生長

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2月下旬に種を蒔いたナスを4月下旬に定植しました。その苗が5月の晴天続きで、毎日水遣りをしていましたが思うように大きくならなかったのが、このところのまとまった雨でぐんぐん大きくなりました。これぐらい大きくなれば毎日水遣りをしなくても十分生長していくだろうと思います。

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またパンク

また車のタイヤがパンクしました。これで昨年10月、今年に入って3月、4月、5月と4回もパンクしたことになります。それも思い出してみるとすべて左後のタイヤばかりです。そして自宅と「あせび」の往復の途中でパンクしたような気がします。一度だけドーンと音がしてパンクに気づきましたが、それ以外はどこでパンクしたか分からないままちょっと走っていてへんな音になったなと思って降りて見てパンクに気づいたということばかりです。一度はタイヤ屋さんに「パンクしたままだいぶ走りましたね」と言われて、「どうしてそれが分かりますか」と聞くと「これここがこんなに刷れていますよ」とタイヤを見せてくれました。それにしてもどうしてこんなに頻繁にパンクするのか、またどうして左後のタイヤだけなのか不可解です。夫は私の運転が悪いと言いますし、娘は昨年の正月にイノシシの親子をこの車で轢き殺したことで今その霊が出てるんじゃないと言います。何か気味が悪くなってきました。でも今回は修理が効き3000円で済みました。

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バジルの鉢植え

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4月中旬に種を蒔いていたバジルが4つ葉になったので鉢に移しました。なかなか芽が出ないのでだめなのかなと思っていてしばらく見ないでいたらいつの間にか4枚の葉っぱができていました。バジルの種はふあーとして、他の野菜の種のように顆粒じゃないためこんな頼りないものから芽がでるのかしらと思うようなものです。Dscf4193
今年蒔いた種は昨年できたバジルから取ったものです。バジルはトマトと相性がよく葉を摘み取ってタマネギと一緒に刻んでトマトサラダで食べてもおいしいでし、葉を干して粉末にしてスープに入れてもいいし、またスパゲッテーに入れても食欲がでます。

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バラの修理

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梅干しなど作るとき使うバラを修理して欲しいと近所の人から頼まれていてそのまま忘れていたら、バラを使う季節が近づいたのでと持って来られました。このバラは一昨年亡くなられた竹組合員のお父さんが作られたものだそうで、中の色の違いでも長い歳月使われてきたことがわかります。縁は外れていますけど、中はまだしっかりしています。縁を修理するとまだまだ長く使えそうです。Dscf4061


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梅雨に備えて

3月4月と雨の多い日々でしたが、4月の下旬から晴天続きの九州北部です。でも来週から梅雨の走りになるという予報です。今日は自宅の周りの竹林から散ってきた竹の葉を掃除しました。その時ふとカーポートの雨どいを見るとたくさんの草が生えています。草を取らなくっちゃと思って脚立に登って草だけを取ろうとしたら、なんと雨どい全体がプランターのようになっています。竹林からの竹の葉と黄砂等の砂が混じって、それも家を建ててから一度も掃除をしていないので、雨どいの中全体が腐葉土になって恰好のプランターと化していました。カーポートの雨どいは細いので腐葉土のような土と草の根を全部取るのに1時間ぐらいかかりました。でもこれでここだけは梅雨の雨の心配はいらなくなりました。今度は「あせび」の屋根の雨どいの銀杏の葉を取り除く作業があります。これは毎年やっているのでそう時間はかかりませんが、ちょっと高い所ですので高所恐怖症の私にはいやな仕事です。

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八女・福島 横町町家交流館

八女の福島に行てきました。福島は作家の五木寛之が福島高校出身ということだけしか知りませんでした。福島は城下町として八女地方の産物の集散地として繁栄していたことを知りました。確かに横町町家交流館の一帯はどっしりとした土蔵つくりの家並みが残っています。交流館は作り酒屋を改装して福島町の手仕事を紹介する機関となっています。交流館の2階には常設で酒井田柿右衛門の作品が展示されています。柿右衛門の祖先は八女から佐賀に出陣して捕虜となって有田で陶芸を始めたとのことでした。その他中薗英助などの八女地方出身の作家の本がたくさん展示されています。

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『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る  アフガンとの約束』中村哲・澤地久枝  岩波書店

1・2ヶ月前のNHKのニュースで、あるテーマについて何人かの有識者へのインタビューがあっていたとき澤地久枝さんへのインタビューの場面で彼女の書斎らしき所が映り、手元に中村哲氏(ペシャワール会は氏のアフガニスタンでの医療、用水路建設等の活動を支援しています)の著書『ダラエヌールへの道』があるのを見つけました。私はこの本も著者の本の中でも興味深く読んだ1冊でした。澤地さんが中村氏に関心をもってあるならきっといいノンフィクションを出版されるだろうとそのときはちょっと期待のようなものを感じました。それから1ヵ月後、新聞の書評で本書を見てやっぱりと感動し、早速、図書館にリクエストしました。中村氏のことはアフガンでの活動、時々帰国されての講演活動などの面ではある程度知っていますが、氏のプライベート、特にご家族のことを知りたいという思いがありました。この本を読んで、忘れられない光景を思い出しました。それは9・11後、アフガン空爆下、あちこち講演してあったとき、福岡の講演会場で講演が始まる前、仕事を終えて会場へ駆けつけ、あわただしく受付などをしている聴衆の隅に、一人、心なしか、悲しそうな、悟ったような様子で立ってその人々を眺めている小柄なおじさんを見つけました。それが中村氏でした。いきいきとアフガンで活動されているお姿とは違っていました。(もちろん講演は落ち着いて、それでいて心揺さぶられるものでしたが)この本を読んで、あのとき氏は不治の病と闘ってある10歳になるお子さんを案じていらしゃったのじゃないかなとお察ししました。「あとがきに添えて」で中村氏が書いているように「ノンフィクション作家の凄さを知った。」「警察の取り調べもここまでは」と参考資料を十分吟味した質問で、いいかげんなことは言えなかったとのこと。確かにプライベートの質問で体重まで聞き出すとは。さすが。私は山崎豊子等の女性ノンフィクション作家が大好きです。この本で澤地久枝さんも好きになりました。

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30.1℃の中で

先週からの風邪と手織り作品展のため忙しく、体のあちこちが痛くて隣の日田市の整体院へ行ってきました。
一時間みっちりマッサージなどをしてもらって体が軽くなりました。それから風邪のため洗えなかった髪を洗ったりと美容室へ。行きつけの日田市の美容室は待ち時間1時間半。持っていった藤沢周平全集の1冊をまとめて読む
ゆったりした時間でした。それにしても暑い。昨日も暑かったけど、今日も非常に暑い。今日1日の大半を過ごした日田市の最高気温は30,1℃だったそうで、全国で2番目の最高気温だったとのこと。暑かったはずです。

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