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2009年2月

さくらんぼの花

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4、5日前まで硬い花芽をしていたさくらんぼが花を咲かせました。桜の花よりだいぶ早くさくらんぼの花は咲きます。そして、たくさんのさくらんぼの実をつけますが、あっという間に鳥に食べられ、人間の口に入るのは下のほうの鳥の食べ残しのものばかりです。時々、鳥除けネットを張ったさくらんぼの木を見かけますが、大きなさくらんぼの木にネットを張るのも大変そうで、今年も鳥のおこぼれをちょうだいすることになりそうです。002

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銀杏ご飯

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先週、お客さんを菜の花摘みに、銀杏畑に案内して菜の花を摘んでいたら、大きな銀杏の実がたくさん落ちていました。今年は、銀杏は在来種の実はよく付いていましたが、新しい品種の大きな実の実付きが悪く、収穫量はどこも少なかったせいか、価格は高めでした。で、落ちていた大きな実で銀杏ご飯を炊きました。銀杏は専用の割り器で割ります。薄皮はなかなかはがれにくいのですが、フライパンで炒るとぱらぱらとはがれます。001
米4合、もち米1合、塩適量、昆布で炊きます。002
炊き上がったら写真のようになります

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栗の苗木植え

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暖かく春の陽気の昨日、農協に頼んでいた栗苗を仮植えしていたのを掘り起こして「、あせび」の前の山と銀杏畑の中とタケノコ山に植えました。品種は早生の丹沢。丹沢の収穫は8月下旬から9月上旬です。家の栗の大部分は銀寄で9月下旬に収穫しますが、早生品種の方が直売所での価格が高いので丹沢を植えることにしました。収穫期の8月下旬~9月上旬はまだ暑くて、汗だくだくになりますがそれ以上に、お客さんのもうすぐ暑い夏も終わって秋だなぁと感じてもらえることも楽しいのです。「あせび」の前の山に登ると眼下に「あせび」の家全体が見えました。

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かんぽの宿 日田

お雛様めぐりのシーズンです。友人と浮羽市の再生工房の作品展を見て、日田市のかんぽの宿 日田に行ってきました。再生工房では大きな大正時代のお雛様が目を引きました。その周りには、再生工房で勉強している生徒さんの一年間の成果を発表する作品(一閑張り、裂き織り、ネクタイで作るバック、ミニまきあげづくり、ジュズ玉で作るお手玉、チラシで作るエコバックなど)が展示されていました。特に見たかった裂き織りは、バッグ、ショールなどすばらしい作品がたくさんで参考になりました。浮羽市のお雛様めぐりを紹介するテレビにも登場してその録画も見せていただきました。昼食を日田ですることになり、鳩山総務大臣が視察したことで話題のかんぽの宿 日田に行くことにました。福岡県から大分県日田市に入るには浮羽市側の国道210号線と朝倉市から386号線がありますが386号線の夜明ダムからJR夜明駅までの景色がわたしは気に入っています。ダムの水面が道すれずれで、水の色が時に深緑、水色と変化して、周囲の山々を写しています。かんぽの宿の玄関を入ってすぐのところにはお雛様の綺麗なさげもんが下がっていました。天領(幕府の直轄領)だった日田市に草野家のお雛様という昔各地のお雛様を収集しているお家がありこのシーズンは観光客でにぎわいます。かんぽの宿には娘が小学生のころに時々家族で行って卓球などしていましたが、その頃とは違って建物も洋風の瀟洒なものに改築されていました。「あせび」から20分の所にあるのですが国道と国道の間の筑後川の中洲にあるのでなかなか見ることがありませんでした。話題になったことで行ってみたのですが以前と違って室内もすばらしい作りになっていました。平日とあって客は中高年の女性が主でした。ランチバイキングが1260円でした。もうちょっと価格設定を高めにしてもいいのではとも思いました。お客としては安いにこしたことはありませんが、赤字というのなら考えてもいいのでは・・・・と。

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ペーパースクリーン版画 2

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このブログの文化芸術カテゴリーに紹介していますが、昨年ペーパースクリーン版画を始めた友人から3作目の作品が届きました。類は友を呼ぶと言うように私の周りには旅好きで、細かいことをあまりやってきていない人が多く、彼女もその一人です。1作目を頂いたときは彼女が果たしてこんな細かいことを続けるかなぁと思ったものでした。2作目は年賀状で、今年退職の彼女は「金はないけどヒマはある日々がはじまります。何かあったら私にも声をかけてください」とのコメントつきでした。もちろん版画は牛で決めてありました。今回は渋い色合いのもの。タイトルは「勝負姫衣」だそうです。だんだん腕をあげていっていることにびっくりしています。意外にペーパースクリーン版画は細かいことが苦手な人たちにも向いているのかなと思います。何でも挑戦する彼女には退職後も無聊をかこつことは無さそうです。

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枝垂れ梅

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13日夜、激しい春の嵐が来て、前日まで硬かった蕾がいっせいに開き満開に近い状態になりました。この枝垂れ梅は百何十年か経っている古木で、今にも枯れそうな幹ですが毎年綺麗な花を咲かせます。年によって咲く時期が大きく変わります。一番早く満開になった年は1月26日でした。暖かかった今日は、お客さんが縁側から満開の花を見ながら昼食をとっていました。明日は雨の予報がでています。花が散りはしないかちょっと心配です。002

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竹組合長

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昨年秋、全国竹産業連合会会長賞を受賞された杷木地区竹工芸振興組合長の樋口猛さんをご自宅に訪ね、お話を伺いました。樋口さんは3年前森の名人にも認定されています。水俣のカゴ屋さんからの話のあった「かすり」のことをお願いする用件もあって初めて仕事場を見せていただきました。樋口さんの仕事場は自宅の上に2ヶ所あります。いくつもの機械が設置されている仕事場で、いろいろ手がけられた竹細工の仕事についてお話をしてくださいました。組合長は93歳。63年間竹関係の仕事をされ続け、今も現役で、車の運転もされます。002_3
最初の竹の仕事は曲げ物で、かすり、飯櫃などを作っておられ、その後、60年に1回ぐらい竹が枯れる時期があるそうですが、ちょうどその時期が来て竹が枯れてしまったのと、炊飯器が普及してきて飯櫃が売れなくなたので、今度は孟宗竹で孫の手やしゃもじを作って観光地(大宰府、宮地岳神宮、祐徳稲荷など)に卸していたそうで、その当時が一番売り上げがあがっていたそうで景気がよかったそうです。しゃもじもプラスチックの登場で売れなくなり、かごやざるを作るようになったそうです。仕事場には作り途中のしゃもじと孫の手がたくさんありました。「バサロ(直売所)でどんどん売れるきなぁ」とおっしゃりながら孫の手を見せてくれました。危機を柔軟に、強く乗り越えられてこられる精神力を持っておられる方だと感じました。003
組合長は素敵な書を書かれることを知っていましたので、そのことに話を向けると、自宅のほうに案内してくださり、床の間の書を見せてくださいました。004
篆書の臨書の掛け軸でした。篆書だけでも難しいのにそれの臨書はとても気が遠くなりそうに難しいものです。書道は八段。通信教育で取得されたそうで、やはり人並みはずれた努力の人でした。最初の写真は受賞祝賀会のときのものです。これからも1年でも長く組合長として頑張っていただきたい気持ちになりました。

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かすり

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絣ではありません。かすりという曲げ物で、米などの穀類をすくう時に使う道具です。底は杉の板で周りが竹でできています。先日、友人の水俣のカゴ屋さんから杷木地区竹工芸振興組合の組合長さんがこのかすりを作ってあると聞いたことがあるので照会して欲しいという依頼があり、探してある方から電話があったときはよろしくとのことでした。かすりを欲しがっている方はカゴ屋さんの友人で岩手の桶屋さんの友人ということで、岩手の桶屋さんが水俣のカゴ屋さんに誰かかすりを作っている人を知らないだろうかと尋ねられたことから話が私のところへ来たのでした。かすりを探してあるのは、てっきり岩手の方で岩手から電話が来るだろうと思っていたらなんと福岡県の方でした。組合長さんは今はかすりを作っていないから大きな竹がないということで、夫が秋に切っていた大きな竹で作ってもらうことになりました。この関係で岩手の桶屋さんとかすりを頼まれた方、お2人と知り合いになりました。こんなふうにして友達の輪が出来ていくのは楽しいことです。

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動物病院へ

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8日午前3時半、タロクン(敬称略・9歳)の奇妙な泣き声で目が覚めました。この時間にそれも日曜日にこんな声を出されてはご近所の迷惑になると声の方向に慌てて行ってみると、鉄線に絡まって動けなくなっていました。タロクンはいつも散歩しなくいいように犬小屋から15mくらい離れた木まで鉄線を張ってその間を鎖で移動していますがそれが絡まってしまったのです。現場に行ったもののどうしようもないので、早く泣き止むように鎖からはずしました。その朝からずーっと昨日まで餌も水も飲まず、衰弱してきました。タロクンは柴犬で番犬としては非常に優秀で、家族がどこか行くときは必ず顔を出し尾っぽを振って見送りをしていました。そういえばこのごろあまりかまっていなかったなぁ。それで昨日家から車で5分の動物病院へ軽トラックに乗せて連れて行きました。体温、尿検査、血液検査といろいろして「別に特に悪いところはありませんね。注射をしておきましょうね。」(何の注射かわかりませんが・・・。)「暖かくしてやってくださいね」とのこと。治療代3500円也。昨日から家族みんながタロクンにとてもやさしくなり、今日も美味しいそうな犬缶を買ってきてやりました。やっとちょっと食欲がでてきたようです。

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別れ

昨夜9時、義母(夫の母)が亡くなりました。96歳でした。56歳で5歳年上の義父と死別してからも長男の家族と4世代同居の賑やかな生活をしてきました。義父が公務員でしたので、農業は義姉(長男の嫁)と一緒に仲良く一生懸命働いてきました。その合間にする趣味の鞠作りやパッチワークは素人離れしていました。でも、90歳過ぎてからは目が痛いと言ってその趣味もやれなくなって専ら近所の友達と縁側で話したりするのが楽しみでした。とても穏やかな人で人の悪口を言ったり、語調を荒立てたりするのを見たことがありません。それに何時行っても家の中が綺麗に片付いていて、何時こんなにしているんだろうといつも思っていました。私が仕事をしていたのでなかなかゆっくり話すことがないまま逝ってしまわれました。見習わなければならない事がたくさんあったお義母さんでした。今、いろいろなことを思い出すと本当に寂しい気持ちになります。

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銀杏の徒長枝

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昨日久しぶりに銀杏の畑に行って、徒長枝がたくさん出来ているのを見つけました。早速今日は徒長枝を切る作業をしました。母が一人で農作業をしていて、週末ごとに夫と私が手伝っていましたが母が高齢になって農作業をできなくなって銀杏畑は荒れ放題になっていました。さすがにどちらか仕事をやめて農業をしなくてはどうにもならなくなって、夫に仕事をやめてもらい、農業をしてもらうことになりました。そして、最初に手をつけたのが銀杏の徒長枝切りでした。枝と言うより幹みたいに大きくなって丸太のようになった徒長枝をノコギリでせっせと切る作業を夫は何日もかけてし、やっと銀杏畑らしくなりました。それから毎年、徒長枝は切られ、すっきりしていました。が、昨年はなぜかこの作業をし忘れていたのです。というよりも、昨年は銀杏がどこも豊作で値崩れしてしまい、やる気がなくなっていたのかもしれません。でも、気を取り直して、今日は銀杏の畑をきれいにしていこうと思いノコギリで切っていきました。老人介護保健施設に入所している母に銀杏の畑の様子をデジカメに撮って見せてこよう
と思っています。

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いちご狩り

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浮羽市にあるいちご狩りの農園を通るたびにいつか入ってみたいと思っていました。今日は買い物でその道を通りましたので、ちょっと入って新鮮ないちごをパックで持ち帰ろうといちご園の前に来てびっくり。入園料、大人1500円で40分食べ放題。係りの人に「いちごを取って持ち帰りはできないのですか?」と聞くと「それはできません。食べ放題で1500円です」とのこと。中を見せていただくと本当に何人もの人がいちご園の中をいちごを食べながら歩いています。いちごは土の上ではなく台の上で栽培されていますのでそのまま食べても問題ないとはおもいますが・・・。「いちごばかりでおなか一杯になりませんかね?」と私。「みなさん食事をしないで来てありますよ」と係りの人。よほどいちごが好きな人たちだろうなと感心しました。もちろん入園はしませんでした。

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