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2009年1月

小松菜

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小松菜を播種から作りました。でも、どう見ても種の入っていた袋の表に載っている写真と違うのです。それで、27日(火)に小松菜の葉っぱを持って農業改良普及センターに行きました。センターの若い職員の人たちが何人か集まってその葉っぱを見ながら「これはキャベツの仲間のようですね」「だいたい下のほうは茎のようになっていて葉脈はつかないですからねぇ~」といろいろな種苗会社のカタログを見ながら頭をひねっていましたが、私が時間がなかったので、分かったら電話くださいと言って、いろんな用を済ませて帰ったら「あれは直売所に出荷するなら小松菜ではなく菜っ葉と書いたほうがいいでしょう」という回答がありました。次の日、念のため直売所の人に聞くと「種の袋に小松菜と書いてあったのなら小松菜でいいですよ」と言われました。どうしたらいいか分からなくなってもう一度、今日、普及センターに行ってきました。今日も前と同じように小松菜の葉っぱを持って行きました。今日は何年も野菜を栽培してこられたような中年の職員の方が一人で、「あ~これですね。小松菜には間違いありませんが、これは大きくなりすぎですよ。小松菜は20cmくらいで出荷しないといけません.。そのままにしておくとドンドン大きくそしてかたくなりますよ。」とのこと。家に帰って計って見るとすでに30cmくらいになっていました。001
試しに直売所に出荷されている小松菜を買って計ったらちょうど20cmでした。左が直売所で買った小松菜で、右が私の小松菜。野菜をできるだけ大きく育てようと思って、普及センターの職員にも分からないような野菜を作ってしまいました。野菜つくり初心者の失敗です。


小松菜のレシピ
①小松菜をゆでて水を切り、3cmくらいの長さに切る
②醤油、みりん、ごま油でたれをつくる
③①の小松菜にたれをかける
④③の上からすりごまをかける

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『日陰に咲く』

昨日の晴天がうそのようなシトシト雨の中、午前中は銀杏とはっさくを持って直売所へ行きました。直売所も雨では人出も多くありません。。午後からは借りていた『日陰に咲く』を見ました。劇団ひとりの同名の原作の小説を映画化したものです。パチンコで借金を作った若い男が借金取りに追われてオレオレ詐欺をやってみるがうまくいかず、何回目かのオレオレ詐欺で電話で話したその男の亡くなった母親と同じような年恰好の女性に同情していくというような物語。劇団ひとりは文芸春秋にいつも面白いエッセイを載せていて、興味があったのでDVDを借りて見たのです。DVDはいまいち分かりにくかったので原作を読んでみたいと思いました。『SLロマンの紀行』も借りていたので暇にまかせて見ました。SLの姿ばかりが出て、車窓の風景が少ないので少々期待はづれでした。やはり『~の車窓から』というようなタイトルでないと車窓の風景は期待できないのかな。

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アートハーツ展

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高教組(高等学校教職員組合)浮羽・朝倉支部が毎年催している芸術作品展(アートハーツ展)の当番に河童の駅として知られている久大線・田主丸駅の「ふるさと館」に行き、現職の人が仕事が終わって当番に来る15:30まで来館者の世話をしました。002
今年も教職員やその家族やOBの写真・書・手芸・絵画・陶芸等たくさんのすばらしい作品が揃っていました。昨年夏亡くなられたOBの方の作品もありました。奥さんが「遺品を整理していて見つけたから」と写真をたくさん展示してありました。彼とは2つの高校で一緒に勤務したことがあったのに亡くなられたことをずいぶん後で知ったのでお参りもしないで申し訳ないと思いながら見せていただきました。奥さんのお手紙も添えてあり涙を誘いました。夫もお客さんとして来て、「陶芸は竹細工と違って下手か上手かわからんなぁ。竹細工は下手か上手かははっきりわかるけどなぁ」と言って帰りました。
アートハーツ展は24日から開催されていて、最終日は30日で、開館時間は13:00~17:30までです。

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すべて世はこともなし

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週末この冬一番の寒波が到来するということで、雪に閉じ込められて買い物にも行けなくなるかもしれないと、多目のまとめ買いをしていました。24日は雪が積もっていましたが、25日は少しだけ雨。今日26日は曇り、食事をすませ、片付けをして、新聞を読んでいると、静寂を破るようにピーピーピーという音、食器乾燥機から。また記事に目を落としてちょっとするとまた、ピーピーピー。ストーブの3時間過ぎましたの音。ボタンを押しにたちあがり、新聞を読み終え、本を読み始めるとまた、ピーピーピー。ストーブのフィルターのお手入れをしてくださいの音。また立ち上がりフィルターを叩く。また本の読んでいたところを見つけ出し読み始めてしばらくするとまたピーピーピー。今度は洗濯が終わりましたの音。乾燥機に入れに立ち上がる。活字の世界に入り込んでいると一瞬どこから音がしているのかわからなくなります。ゆったり静かに過ごしていると、周りにこんなに同じような音がするものがたくさんあったのかと改めて実感します。立ったついでに外に出てみるとカーポートの前に静かに銅像のように動かないノラ猫が一匹こたつで丸くなれず、枯れ葉の中にいました。

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礼物(プレゼント)

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礼物とは中国語でプレゼントのことです。中国内蒙古の友人から正月のプレゼントが1月4日に届きました。元日の前には届くようにと思って2週間前に送ったそうで、まだ届いていないかとMAILやらケータイやらで心配の電話がかかっていました。毎年、食べ物を送ってきていたのに今年は日本での中国産の食の不安が彼にも伝わったらしく、いろいろなモンゴル民族の品物を贈ってきてくれました。そこで、私も2週間もかかるのならと旧正月(今年は1月26日)のプレゼントを1月11日に休日でも開いている郵便局を探して、久留米の郵便局から送りました。お菓子を贈ったのですが、お菓子の賞味期限が旧正月にあわせるとどのお菓子も期限切れになってしまい、やっと2種類の期限切れにならないお菓子を見つけ、内蒙古と南京の友人の2家族にそれを送りました。旧正月まであと2日。内蒙古は早く届いていたのですが、南京は昨日届いたとMAILがあってホッとしました。中国では旧正月には親戚が大勢集まり、みんなで楽しい時間を過ごす習慣があります。きっとその席に私の送ったお菓子も提供されるでしょう。2人とも17年間続く信頼できる中国の友人で、このブログの読者でもあります。南京の友人のMAILの最後はhappy 牛 yearでした。

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烏骨鶏の雄鶏

烏骨鶏の雄鶏が増えすぎて処分しなければならないけれど、どんな処分の方法があるのか分からず、長くそのままにしていました。昨日、従妹たちとの食事会で農業改良普及センターというところがあって、いろいろ農業の相談に乗ってくれるということを知りました。普及センターは母の入所している老人介護保健施設に行く途中にありますので、早速立ち寄ってみました。最近建ったらしく新しく堂々としていて、私のこんな単純な質問を受け付けてくれるのだろうかと恐る恐る中に入って、すぐそばにおられた人に質問をしたところ、あちこちに電話で問い合わせをしてくれました。結局、自分で処理しなければならないということでしたのですが・・・。気を良くして、ついでに鶏糞での堆肥の作り方など教えていただきました。「野菜作りについてはこちらのコーナーですから、いつでも聞きに来てください」と言われました。こんな便利な役所があったとは・・・。利用しなくてはもったいない。

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枇杷の花

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「あせび」と川を挟んで向こうの梅ノ木を剪定しました。剪定といっても知人から「早く真ん中の枝を切った方がいいよ」と教えてもらっていたのに夫が全く手をつけないので、夫のいない今日がチャンスと思って実行しました。農作業で「あせび」の周辺は夫のテリトリーになっているのでなかなかやりたい農作業に手を出せないのです。暖かい今日は農作業には最適。竹切りノコギリでばっさり切りました。もう梅の蕾ができていてもったいないという気もしましたが、将来この方がいいのだと自分に言い聞かせながらやりました。その横に大きな枇杷の木があります。10数年前、新しくできた道路の買収地にまだ小さかったこの木もかかると思ってあきらめていましたが、ギリギリで切らなくてよく、大きくなりました。毎年、摘果をしないのに大きなおいしい実をたくさん付けます。よく見るともう花が咲いています。実がなるのは6月なのにもう花が咲いて大丈夫なのかなと初めて見た枇杷の花が心配になりました。

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遠近両用老眼鏡

この2週間ぐらい眼鏡が行方不明になったままです。勤務していたときは家にいるときもかけたままにしていました。そうしないと、職場で眼鏡がなかったら、仕事にならないからいつも眼鏡のことは気にかけていたのです。近視ではないので、眼鏡の上の方は度が入っていません。最初、老眼になったと気づいたのは、ご飯が美味しく見えなくなったことでした。どうも、ご飯粒とご飯粒の境目がぼやけてご飯がきれいに見えなくなったらしいのです。調べてみるとやっぱり老眼。46歳の時でした。それから15年かけ続けてきたのです。退職後は、字を書くときぐらいしかかけなくなり、それにつれて時々行方不明になり、本気で捜そうとしなくても、「洗面所にあったよ、あそこの台の上にあったよ・・・」と娘や夫が持って来てくれていました。
新聞も床に広げてヤンキー座りで読めばちょうど焦点が合って鮮明な字が読めるので、そんなに不便を感じていませんでした。でも、今回は2週間も見当たらないので、そろそろ腰を据えて捜さなければ・・・と思っていた矢先、今日の新聞を見ると、昨日あったセンター試験の問題が目に入りました。解いてみようとして愕然。あまりの字の小ささに目を細めても、新聞との距離を離したり近づけたりしても全く読めません。今日こそは本当に本腰を入れて眼鏡を捜さなくては・・・。

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ミュージカル俳優 井上芳雄の歌とトーク

15日、母校の大学の女子同窓会の主催で井上芳雄の歌とトークがありました。会場は新しく建て変わったチャペル。OGたちで2階席までいっぱいになったチャペルの中は暖かく、静かに18:30開演を待ちました。開演のベルがなり、井上芳雄が黒い帽子を片手にまず「ようこそ劇場へ」を歌った後、司会の東宝演劇部のプロデューサーの小嶋麻倫子さんが帽子の由来を聞き、帽子は曽祖父の帽子で母校の前身だった学校に勤務していたとのこと。(彼の父親は現在も母校の心理学の教授です)ミュージカル俳優になる原点は物心ついたときから聖歌隊に入って周囲から歌を褒められたことだそうで、キャッツを見てミュージカルを知ったとのこと。次に彼は賛美歌312番を。久しぶりに聞く讃美歌、それも東京芸大声学科卒の人の歌う賛美歌はとても
澄んだ美しい響きでした。次に「フィガロの結婚」のなかの1曲をドイツ語で。それから「モーツァルト」「エリザベート」など彼が出演したミュージカルの1部を4曲うたいました。「エリザベート」では彼はルドルフ役だったのに「闇が広がる」というエリザベートとトート閣下のデュエットを1人で歌い分けました。「ミス・サイゴン」も歌い、現在、博多座でやっていることのコマーシャルもユーモアをまじえてきっちりやりました。最後は「トゥーランドット」で「この曲は荒川静香さんで有名になりましたが、私は前からずーと歌ってきました」といって紙に書いた内容を朗読しました。内容は:あなたの支えがあればどんな高い山にも登れ、荒れ狂う海も渡ることができる。あなたの支えがあれば私以上の私になれる。というようなものでした。これを英語で。これで終わりかと思ったらやっぱりアンコール。アンコール曲は私の好きな曲ですと言って、松田聖子の「瑠璃色の地球」でした。じっくり歌詞を聴いてみるととてもいい曲でした。1時間半、たっぷり楽しい時間を過ごしました。

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スナップエンドウ

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スナップエンドウをいままでスナックエンドウと間違えて覚えていたことに気づきました。人前で何回かスナックエンドウと言ったような気がします。それはいいとして、直売所でスナックエンドウなんて書いて出荷したら笑いものです。「やさい畑」春準備号によればスナップエンドウは2月初旬から種まきができ、その2週間前に苦土石灰を1㎡あたり120gまき、深さ30cmくらいまで耕しておくとのこと。今日は15日、カレンダーを見るとちょうど耕していい時期。幸い久しぶりの快晴。ちょっと春が近づいたような陽を背中に浴びながら耕しました。

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食用ビート

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昨年8月、ごみ収集施設で開封されていない様々な種物の袋をまんごくじょうけ一杯拾いました。その日は蔵の中をかたづけ、分別不能なゴミを軽トラックで直接ごみ収集施設に持って行ったのです。そこで、ごみを捨てようとしてすぐ前に来た人が種物を廃棄していったらしいのです。ダイコン、にんじん、ゴボウ、小松菜等何十種類もの野菜や花の種が袋のまま捨ててあるのです。そばにいた施設のスタッフに「もったいないですね。拾ってもいいですか?」「私ももったいないと思っていたのですよ。捨ててあるのだから、拾っていいでしょう」。ということで、ごみの山に入って拾ったのでした。あんまりたくさんだったので、親戚や近所の人にも持っていってもらいました。今、畑に生えている野菜はみんなそのときの種からできたものです。そのなかで食用ビートという種がありました。食用だからどんなものか分からないけど食べられるだろうと蒔いていましたが大きくなるにつれて葉っぱを食べるのやら、根っこを食べるのやら分からなく、結局どんな調理方法があるのか全く見当がつきません。根っこを切ると切り口から真っ赤な汁が出てきます。いっそのこと染料として利用してみるかなと思い始めました。

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シイタケのレシピ(ふきのとうを使って)

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大山町の「木の花カルテン」でふきのとうを見つけました。ふきのとうの季節ではないので、温室栽培では?と思いますが。さっと閃いたのがシイタケの裏にふきのとうとマヨネーズを混ぜたものをのせてオーブンで焼くという簡単でいて、ちょっと贅沢な珍味。昨夜からの雪の中ですが、シイタケは家の横にたくさんできていました。Photo_2

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オーブンから匂ってくる香ばしいおいしそうな香り、焼きたてのうちに食べるのが最高です。

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ある葬式

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先日、父の従妹が90歳で亡くなり、隣町の葬祭場で葬儀がありました。父の従妹であるそのおばさんはとても明るく、いつも笑顔で周囲の人たちに親しまれていました。おばさんは2人姉妹でお姉さんは長く小学校の教師をした後、幼稚園の教師もして、凛としていました。おばさんの方は農家に嫁ぎ、喪主である長男の言葉では「農業はいやいやと思いながらやっていました」とのこと。喪主の挨拶のなかで「母は海外旅行がすきであちこち行きました。そのことはとても良かったと思いますが、カラオケが大好きだった母のためにカラオケ室を作ってやればよかったとそのことがとても心残りです」とのこと。そういえばおばさんは澄んだ美しい声で歌が上手だったことを思い出しました。葬儀は型どおりしめやかに行われましたが、納棺のとき突然葬祭場のスタッフの方が「故人がカラオケがお好きだったそうなので故人のお好きだった音楽を流します」と言って演歌が流れてきました。粋な計らいに娘さんも涙を流しながら喜んでいました。明るいおばさんのため生花も菊とかだけでなく明るい色の花を多く使ってあり、おばさんらしい葬式になったなと感心しました。これからは型どおりの葬儀でなく、このような個性的な故人にふさわしい新しい型の葬儀が流行ってくるのだろうなぁといろいろ想像しました。写真は斎場から持ち帰って家の出窓に飾っている生花です。

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「帰ってきた次男坊の農業歳時記」というサイト

月刊「現代農業」2月号のサラダセットの特集で帰ってきた次男坊の農業歳時記というサイトをみつけました。プロフィールの中の「農業高校で遊びほうけたことをこの年になって悔いています」というくだりに農業高校に勤務していた私はのびのびしていた卒業生を思い出し親近感を覚えました。でもこのサイトのを見る限り遊びほうけていたようには思えないほどドーシテドーシテすばらしいものです。カテゴリーの中の田舎のレシピも画像がすっきりと綺麗で内容が充実しています。ところで長男坊はどうされているのかなぁ・・・。

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松本清張記念館

今年は松本清張が生まれて100年。清張ファンとしてぜひ行って見たいと思っていた北九州市にある松本清張記念館に行ってきました。小倉城のすぐ横に記念館はありました。地下に降りていくと700冊の清張の作品の本の表紙が天井から下の方まで張り出して参観者を迎えてくれます。記念館の中心には東京、杉並区の「仕事の城」を再現、展示してあります。書斎、書庫、応接室などが外から見えます。残念なのはその中が見学できないことです。この「仕事の城」こそが私の見たかったところなのですから。清張がどんな本を所蔵していたのかなど中に入らないとわからないのです。生誕100年目の今年はいろいろな催しがあるそうです。清張ウオークと銘打って全国20か所でゆかりの作品にちなんだ開催地でのウオークが予定されています。九州では指宿、久留米、八代で開催予定です。地下の書店で文春の編集者を長く務めた半藤一利氏の「清張さんと司馬さん」という本を購入しました。どちらも私の好きな作家なので興味深く読んでいるところです。

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イノシシと交通事故

2日午後7時15分、正月早々、交番に出頭し、1時間前に起こした事故証明を書きました。2日夕方5時、入所先から帰宅している母の世話を娘と夫に頼み、6時までに帰ると言い残して実家の節客に行きました。予定通り6時に実家を出て5分、目の前を何かが見えたと思った瞬間ドーンという音とともに車が大きく縦に揺れました。何かを敷いたと思ってUターンしてみると中央車線の上に大きなイノシシが1頭まだ死なないでピクピクと動いていて、一方の車線の真ん中に子どものイノシシがこれもまだ生きていて少し動いていました。すぐに弟に電話で「大変、イノシシを轢いて道の真ん中にイノシシが倒れてる」というと「車は大丈夫ね」と弟。「走っているから大丈夫と思う」「誰かイノシシをかたずけてくれる人いないかな」しばらくして弟から「妹の知り合いに頼んだから」。とりあえず帰宅しようと思って家に着くと母の世話は終わっていたので、娘、夫と一緒に現場を見に行くことにしました。途中、後ろからパトカーが付いてきているのに気づきました。現場に着いて車を降りるとパトカーも止まり、警官が降りてきました。「私が轢きました」というと「通りがかりの人が『暗がりの中にイノシシが2頭道の真ん中に倒れていてとても危険です。もしかしたら、イノシシに傷を負わされた人が倒れているかもしれませんから行って見てください』と言われてきてみました」。イノシシは誰かが大きいほうの1頭は端の方に移動してくれていました。「住所、氏名、年齢は」と警官。「で、イノシシはどうしますかね」「妹の知り合いが15分後に取りにきてくれることになっています。母を一人家において来ていますので、帰らしてください」「いいですよ。私が待っていましょう。7時15分に交番に来てください」警官とそんなやりとりをしているあいだに夫は離れた所に倒れて死んでいるこどものイノシシを親の傍らに寝かせてやっていました。交番に行くと警官はニコニコしながら「車がやられていますね」。車のことは考えてもいなかったものに良く見るとナンバープレートは曲がり見えにくくなり、まるで若者の改造車みたいになり、ナンバープレートの乗っているところの右が大きく割れていました。「車が丈夫だったからよかったですね。小さい車だったら大怪我をしていますよ」と警官。それにしてもかわいそうなイノシシの親子でした。正月気分で親子の散歩をしていたのかもしれません。本当にごめんなさい。イノシシ親子のご冥福をお祈りします。合掌。

妹の所では猟友会の人がイノシシのしっぽを一つ持っていけば1万円が害獣対策費から報酬として支払れるそうです。

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